Saturday, 20 February 2010

Copenhagen!


英語で更新しようと考えていたこのブログですが、滞在中は読むも話すも聞くも
英語なので、報告書くらいは日本語でいいかと日本語に切り替えました。
コペンハーゲンは2月16日〜20日まで滞在しました。
この間、私のPCがネットに繋がる状況ではなかったので今まとめてアップします。
日本からスウェーデンへは直通の便が出ていないので、まずコペンハーゲンに滞在。
乗り継ぎで留学先エーテボリへは行けたのですが、せっかくなので4日ほど留まりました。



コペンハーゲンでわたしたちが4泊したのは駅前にあるSAGA Hotelというところ。
フロントの人も親切で朝食付きで4000円ちょっとと北欧のホテルでは信じられない料金です。
日本から現地の仲介会社を経由して予約したのでとても割安に泊まれました。
デニッシュパンの本場だけあって朝食のDanishは本当にうまかった!



1日目は夜に着いたので、周辺をぶらっとしてそれでおしまい。
2日目はデンマークでは知る人ぞ知る美術館LUISIANNA Museumに行きました。
郊外にあるのですが、また中心部にはない素朴な町並みが広がっていて感動しました。
デンマークはアンデルセン童話の発祥の地ですが、この地に着いて納得。

郊外の美術館前の駅に着いて、どちらの方角か近くの地図の前で立って見ていると、
遠くの方から背の高い男性がこちらに向かって歩いてきました。警戒していると、
『美術館に行きたいんだろう、だったらあの道をまっすぐ行って次の角を...』
わざわざ教えにきてくれたのか、
『きみたちが道に迷っているように見えたから』
親切すぎだろうと素朴すぎる街で思った感動した出来事。
美術館の敷地内では、ヘンリームーアの彫刻を遊具のようにして遊ぶ子供や、
(かわいすぎて注意出来なかった)カルダーの彫刻が平原にぽつんとあるのが
とてもかっこ良かったり、北欧のセンスを満喫できました。



3日目は工芸博物館に行きました。
日本で工芸というと、代々伝わる伝統の技を活かした職人仕事の作品を連想しますが
(あくまで私個人のイメージで語弊があるかもしれませんが)
この国の工芸はなんだかモダンでした。そしてデザインととてもよく結びついています。
50年代から60年代にかけての北欧のデザインは、ミッドセンチュリーと言われて
現在の日本でも人気があり、そしてこちらでも、やはりもて囃されています。
21世紀美術館にもあるスワンチェアやアントチェア等を手がけたヤコブセン、
最近東京でも大規模な展覧会があった未来的な形態が特徴的なパントン、
佐藤可士和さんのオフィスSAMURAIでも重宝されているシャープな形態がカッコイイ
椅子で知られるポールケアホルムなどが一気に出てきた時代。

ただそれらのスター性が強すぎたせいで、ポスト・ヤコブセンを模索している様子なのも
同時に伝わってきました。
同日に行ったデンマークデザインセンターの展覧会が環境をテーマにしているのですが、
デンマークというとヨン・ウッツォン(オーストラリアのオペラハウスを設計したデンマークの建築家)や
ルイ・ヤコブセンやロイヤルコペンハーゲン(世界的に有名な陶器のブランド)だけでしょうか...といった出だし。
しかし同時に、それだけ国を挙げてHuman ScaleやSustainabilityに向かって
変化させようとしているのも感じました。ちなみに展覧会のタイトルは『It's a small world』

Introduction

2月の16日に日本を出国して4日が経ちました。
海外に行きたいというのは、以前から考えていたことですが、運良く派遣留学というカタチで大学側の援助により実現できたのはとても恵まれたことです。
このブログでは美大への報告書のメモとして、2ヶ月半の海外での生活の日々を書き留めていきたいと思います。そして次回以降のスウェーデンへの派遣留学の良き資料となれば幸いです。


ただ、こちらでは当然日本語のコミュニケーションなんて成り立たない訳で、すべて英語です。
そして2ヶ月半という短期間留学なので、滞在中はなるべく日本語を排除して、文章の組み立て方など生活の中心を英語脳でいきたいと思っているので、文章の中心は英語になると思います。

そしてその前に、ふと思っていることを忘れないうちに。。。

今現在、日本で生き抜くには英語は全く必要ではありません。にも関わらず中学から高校、または大学まで何年もかけて英語を教えている。6年も勉強したのに英語がしゃべれないというのは改めて考えるととても不思議なことですが、日本の現状を考えると当然と言えば当然。
狭い国土にぎっしりと住んでいる1億2千万人の勤勉な国民が結束して、外からの異物を丁寧に翻訳し、置き換えてくれているからです。(日本のカレーなんて発明の域ですが)なので、英語を話せないと世界をサバイバルできないといった危機感は、人からの話ではよく聞くけれど、実感が出来ない。幸福な国といえばそうですが、この構図もいつまでも続きません。現在の少子高齢化で労働人口は減る一方で、国内の需要も縮小。労働力や商品、技術等の世界との交換に頼らざる得なくなる。翻訳のバリヤーも薄くなり、国もお手上げ状態でいきなり大海に放り出されるということもあり得る。

コペンハーゲンのホテルで見ていたニュース番組、キャスターとコメンテーターはデンマーク語で討論している、その間にVTRが入る。ターガーウッズの謝罪会見だ。言語は当然英語なので日本では吹き替えるか、字幕がつくところが、それが全くなかった。この国の人は程度の差こそあるけれど英語が話せる。日本もこれくらいのバランスで、たまには訳さなくてもいいのではないか、と思った出来事。
日本は『先進国のガラパゴス諸島』と言われるほど、外からの刺激をフィルターで和らげ、移民も受け入れず、未だに鎖国状態を続けています。
コミュニケーションも洗練する一方で、世界とのズレは徐々に深まるばかり。。。

そしてこの国の抱える問題が、このコミュニケーションの過度な「洗練」にあるような気がする。私は「空気を読む」「阿吽の呼吸」「行間を読む」というようなことがあまり好きではないのです。自分がまさにそれで、顔色をうかがって生きてきたようなところがあるので。。。(--;)だからストレートにものが言える英語に憧れて勉強してきたのかもしれない。

なんだか話が長くなりそうなのと、とっても偉そうな内容になってきたため、その辺の話はここで止めて、続きはまたの機会に(^^;)
とりあえず楽しんできます!